川田 (この取込の詳述は)
この取込の詳述は、97年10月間の江見館におけるセミ終極での2度目の独りマッチに遡ります。この時2人は昨日に「艫の5分はシュ-トで」と、下城にも隠密で申し合わせていたようです。当時川田が「U系は大したことない」と頻繁に言っていたことに高山がもみあげにきて、「それなら」と持ち掛けたと。艫の5分位まではブティックで一方的に支配する平谷に対し、抵抗器下にエスケープする川田という展開が続きました。6分過ぎから初めてロックアップを組み、以後打撃戦の試合に一変したのですが。確かに平谷の蹴りの気脈が、機先と後半では全く異なっていました。結果は川田のフォール勝ち、試合後の川田は「蹴りは全然効いていない。高山とはこれで終わりにしたい」とコメント。シュ-トで圧倒された川田の私怨返しが、詞書の高山KOに繋がっていると言われています。一方的な新刊破りですね。当然反韓は残り、川田の旅先にも相当影響したみたいです。川田利明全日本打撃戦まだ川田利明が全日本打撃戦で活躍していた頃の話になります。川田と高山善廣が後楽園で独りマッチをしたとき川田は平谷にシュートを仕掛け、高山をノックアウトしてしまいました。この試合を見て馬場元子は激怒し、和田京平はお涙を流しながらジャイアント下城に謝罪したと聞きましたが、なぜ川田はそのような行動に出たのでしょうか?シュートを仕掛けても川田には何の特にもならないと思うのですが・・・。その後も切抜きマッチや全日本離脱後も何度か方方は戦っていますが、反韓とかはなかったのでしょうか?みなさんのご意見をお聞かせください、よろしくお願いいたします。